先天性心疾患の外科治療
[Web動画付]
形態の理解と最良の三次元的再構築
定価 24,200円(税込) (本体22,000円+税)
- A4判 314ページ 上製,オールカラー,イラスト490点,写真522点
- 2024年2月29日刊行
- ISBN978-4-7583-2203-4
序文
推薦の言葉
この本は,ひとりの外科医では書き切ることができないほどの内容(Knowledge&Volume)が詰まった手術書である。同時に,ひとりの外科医が書かなければ到達できない精緻な手術手技の実際(Elaboration&Quality)が詰まった手術書である。
山岸正明先生,感動を覚える手術書を有難う。
私は山岸正明先生を大学時代から知っている。大学は違ったが,ラグビーで鴨川を挟んだライバルとして激しく戦い,心を開いて打ち上げをした仲である。大学を卒業し,彼は東京女子医大:日本心臓血圧研究所に,私は京都大学・心臓血管外科学講座に進んだがしばらく音信不通となった。約10年後,お互いが先天性心臓外科医として学会で発表しているのに気が付き,それ以来お互いに競い,敬い,議論しながら酒を飲んだ盟友である。盟友として感じていることを素直に書かせていただく。
山岸先生は,日本の心臓外科の基盤を作り上げられ“心臓外科の父”と尊敬される榊原 仟先生が開設し,天才的な視点と創造力でKonno手術を開発した今野草二先生(山岸先生と同じ京都府立医大出身),そして圧倒的な理論と外科医力で日本の小児・先天性心臓外科を牽引された今井康晴先生が主催されていた東京女子医大:日本心臓血圧研究所で修練を始められ,日本の先天性心疾患・形態学の祖:安藤正彦先生と刺激伝導系の研究成果と解剖学に裏付けされた論理的発想で新術式を開発された黒澤博身先生の薫陶を受け,小児・先天性心臓外科医の基盤を作られた。私は,彼の成し遂げてきた業績の背景には,日本心臓血圧研究所の偉大な先人たちから受け継いだ素晴らしい血統を感じる。
当然だが,優れた先人に薫陶を受ければ誰もが大成するわけではない。彼の凄さは,偉大な先人たちから受け継いだ素晴らしい血統を糧に,実臨床で経験した課題を,圧倒的な解剖学的素養を背景にじっくりと理論構築して新術式,手術戦略にまとめ上げ,さらにその手術を類いまれな集中力,外科医力でアートにまで仕上げてきたことである。常人では想像できない膨大な時間と努力を費やしたことは想像に難くない。この本にはそのすべてを隠すことなく盛り込んでくれている。特に,山岸先生自身が開発された術式においては,流体力学的に優れた三次元形態を作り上げるための手術戦略が“どの点とどの点をどのように縫い,どのような線,面にしていくのか”が詳述されており,山岸先生が本気で次世代を担うプロフェッショナルのために書き上げてくれたことがわかる。
この本を手に取る後進諸君に敢えて一言。
「山岸正明先生のアートと言えるまでの手術を再現するのは容易ではない。しかし,この掛け替えのない贈り物をくれた山岸正明先生の意思に感謝し,この本を熟読して努力を重ね,先天性心疾患を持つ子どもたちに貢献できる質の高い手術を引き継いでくれ。君たちならきっとできる。」
最後に,
「山岸正明先生,感動と感謝を覚える手術書を世に送り出してくれて本当に有難う。」
令和6年1月
静岡県立こども病院 院長兼心臓血管外科
坂本喜三郎
------------------------------
はじめに
学生時代の解剖学実習で心臓を目の当たりにした時,その形態の複雑さに加えて,自然が創り出した完璧なまでの造形美に圧倒された。これが「心臓血管外科」に進む選択をした動機の一つとなった。1983年(昭和58年)に京都府立医科大学を卒業後,心臓外科医を目指すために母校を離れて,世界の心臓外科分野をリードしていた東京女子医科大学日本心臓血圧研究所外科(心研外科,榊原 仟先生設立)に入局した。心研外科には高いモチベーションを持つ猛者が日本全国から集結していた。
当時の心研外科は「弁膜症・虚血班」(小柳 仁教授,遠藤真弘教授),「大血管班」(橋本明政教授),「小児班」(今井康晴教授)で構成されており,新入局者は3カ月単位で各班をローテートするシステムとなっていた。私はまず弁膜症・虚血性班,次いで大血管班に配属された。小柳 仁先生の縫合糸結紮手技,大血管班での橋本明政先生の縫合手技(特に逆手での運針)は今でも私の基礎となっている。
学生時代には当時脚光を浴びていた心臓移植や人工心臓にも興味を持っていたが,心研外科入局後に,成人心臓外科とICUを共有していた小児心臓外科に強い憧憬の念を抱いた。
先天性心疾患はバリエーションが非常に多く,1980年代は動脈スイッチ手術でさえ成績が不安定な時代であった。現在においても小児心臓外科は心臓外科のなかでも難度が高い領域であると言える。しかし,何よりも外科手術の良し悪しが予後を左右し,外科医の力量次第で難症例でも救命できるのが小児心臓外科である。そこにやり甲斐を感じるとともに,子どもたちの未来を創るという使命に惹かれて,小児心臓外科医を目指す意志は強固なものとなった。大血管班ローテーションを終えた後に念願の小児班に配属され,まさしくここが自分の居場所であると認識した。それ以降,関連病院への出向期間を除き,一貫して小児心臓外科に携わることとなった。
心研外科小児班では毎日朝から夜まで手術(多い時は一日数例),手術が終われば一晩中ICUで術後管理という過酷な毎日であったが,時間を見つけては心研研究部標本室に行き,先天性心疾患の心臓標本を閲覧することに努めた。貴重な心臓標本で形態を学んだ経験が,実際の手術のみならず新たな術式の発想などに大いに役立った。
心標本は標本室外に持ち出すことはできないため,その形態を目に焼き付けて,紙粘土で心室中隔欠損や大動脈騎乗を再現したファロー四徴の模型を手作りした。
欠損孔周囲や弁輪,血管壁には縫合針を通すことのできる粘着ゴムを貼り付けて,心室中隔欠損孔閉鎖の運針や弁置換糸の縫合練習などを行った。
また,裁縫で使用する細いシルク糸を使って,四六時中(ICU術後管理中も)結紮の練習も行った。この地道な練習がその後の技術的ベースとなったと思う。
心研外科で指導を仰いでいた黒澤博身先生の東京慈恵会医科大学心臓外科教授就任に伴い,心研外科から東京慈恵会医科大学に異動した。約2年の慈恵医大本院勤務を経て,埼玉県立小児医療センター心臓血管外科(中村 譲部長)に出向する機会に恵まれた。海外留学よりも埼玉に行くことを選択したが,この埼玉県立小児医療センターでの経験なくして,現在の小児心臓外科医としての自分は存在していないと断言できる。
埼玉県立小児医療センターでは,軽症や中等症の疾患のみならず,完全大血管転位や左心低形成症候群などの最重症例の執刀も経験させていただいた。臨床経験だけでなく中村 譲部長から患児を診る医師としての姿勢を学べたことは貴重な財産となった。多くの臨床経験が蓄積できてきた時期と時を同じくして,母校である京都府立医科大学の第二外科 岡 隆宏教授から術者としての帰学の誘いを受けた。埼玉県立小児医療センターで骨を埋める決意であったが,恩師である黒澤博身教授の後押しもあり,1997年(平成9年)に京都府立医科大学附属小児疾患研究施設外科第二部門(当時)での執刀責任者としての挑戦が始まった。私が39歳の時である。
執刀責任者として手術に臨むにあたり,安定した手術成績を挙げることは勿論のこと,より良い予後のために,既存の治療法にとらわれないで,さまざまな工夫や新たな術式の開発を行うことを心がけた。それから約四半世紀,京都府立医科大学などでの臨床,手術経験を中心に記したのが本書である。
小児心臓外科医にとって,形態と血行動態の理解は最低限の条件である。そして患児をよく診て,個々の患児にとって最適な内科的,外科的治療戦略を策定することが重要である。その上で,術後何十年もの長期間にわたって最良の血行動態を維持できるように,成長の要素も勘案しつつ,流体力学的にも理にかなった心臓の三次元再構築を行わねばならない。
これらを達成するためには,外科的な技術的裏付けは必須条件となる。理想的手術を完遂するだけでなく,手術侵襲を抑えるためにも若手医師には技術的修練を積み重ねてほしい。
立体画像シミュレーション,ロボット手術,人工知能(AI)技術の活用などで,近未来に外科治療は大きく変革していくであろう。しかし,小児心臓外科分野において,外科医の再構築能力と安全に手術を完遂するための基本技術の重要性は変わらないと思う。
以上の点を踏まえて,本書は通常の教科書の形式とは異なり一般的事項の解説は最低限に留めて,私自身の考え方(治療戦略)や基本テクニック,手術の工夫,手術ビデオを中心に構成した。手術ビデオはエッセンスのみを紹介するのではなく,手技をしっかりと見られるように長めの編集を行った。場面ごとの解説も行っている。
本書は外科手技が中心となっているが,単なる手術書ではなくイラストレーションやCT画像を利用した形態学的解説も盛り込んだ。最良の治療戦略を目指すためにも心臓外科医のみならず,小児科医,内科医の方々にも手に取っていただくことを期待する。
本文,イラストレーション,CT画像編集,手術映像編集のすべてを一人で行ったため,予定していた以上の時間を要したが,何とか発刊にたどり着くことができた。外科医自らが描いたイラストレーションであるため稚拙な部分もあるかと思うが,手術のコツがわかるように,細部にわたり正確さを期したつもりである。厳選した疾患,手術術式のみの掲載となったが,掲載できなかった疾患や手術術式は別の機会に紹介できればと考えている。
本書が実際の手術のみならず,治療法の改良や新しい術式の開発の一助となり,ひとりでも多くの心臓病の子どもたちの未来が開かれることを願う。
謝辞--------------------
東京女子医科大学心研外科ならびに東京慈恵会医科大学心臓外科でご指導をいただいた黒澤博身先生に感謝申し上げます。
埼玉県立小児医療センターで執刀機会を与えていただき,さらに患児,患者家族に寄り添う医師としての心構えをお教えいただいた心臓血管外科部長の中村 譲先生に感謝申し上げます。
さらに京都に赴任してからご指導,ご高配をいただいた大阪府立母子医療センター 岸本英文先生,福岡市立こども病院 角 秀秋先生,九州大学 安井久喬先生,兵庫県立こども病院 山口眞弘先生,神戸大学 大北 裕先生,名古屋大学 上田裕一先生,国立循環器病センター 八木原俊克先生,大阪市立総合医療センター 西垣恭一先生,岡山大学 佐野俊二先生,名古屋市立大学 三島晃先生,長野県立こども病院 原田順和先生,和歌山県立医科大学 岡村吉隆先生,徳島大学 北川哲也先生,京都府立医科大学 夜久 均先生らの多くの小児心臓外科,成人心臓外科の諸先輩方に感謝申し上げます(順不同,所属名は当時のご所属)。
手術助手や画像準備,流体解析などに協力していただいた京都府立医科大学小児心臓血管外科 小田晋一郎先生,前田吉宣先生,本宮久之先生,藤田周平先生,山下英次郎先生,中辻拡興先生,永瀬 崇先生,中井理絵先生らの医局員の先生,北海道大学 加藤伸康先生,聖隷浜松病院 小出昌秋先生,八島正文先生,埼玉県立小児医療センター 野村耕司先生,名古屋市立大学 板谷慶一先生,近畿大学 浅田 聡先生,JCHO九州病院 落合由恵先生,福井循環器病院 西田公一先生,岡崎新太郎先生に感謝申し上げます。
最後に,困難な編集を行っていただいたメジカルビュー社第二編集部 間宮卓治様に感謝申し上げます。
2023年師走 京都 西陣にて
山岸正明
この本は,ひとりの外科医では書き切ることができないほどの内容(Knowledge&Volume)が詰まった手術書である。同時に,ひとりの外科医が書かなければ到達できない精緻な手術手技の実際(Elaboration&Quality)が詰まった手術書である。
山岸正明先生,感動を覚える手術書を有難う。
私は山岸正明先生を大学時代から知っている。大学は違ったが,ラグビーで鴨川を挟んだライバルとして激しく戦い,心を開いて打ち上げをした仲である。大学を卒業し,彼は東京女子医大:日本心臓血圧研究所に,私は京都大学・心臓血管外科学講座に進んだがしばらく音信不通となった。約10年後,お互いが先天性心臓外科医として学会で発表しているのに気が付き,それ以来お互いに競い,敬い,議論しながら酒を飲んだ盟友である。盟友として感じていることを素直に書かせていただく。
山岸先生は,日本の心臓外科の基盤を作り上げられ“心臓外科の父”と尊敬される榊原 仟先生が開設し,天才的な視点と創造力でKonno手術を開発した今野草二先生(山岸先生と同じ京都府立医大出身),そして圧倒的な理論と外科医力で日本の小児・先天性心臓外科を牽引された今井康晴先生が主催されていた東京女子医大:日本心臓血圧研究所で修練を始められ,日本の先天性心疾患・形態学の祖:安藤正彦先生と刺激伝導系の研究成果と解剖学に裏付けされた論理的発想で新術式を開発された黒澤博身先生の薫陶を受け,小児・先天性心臓外科医の基盤を作られた。私は,彼の成し遂げてきた業績の背景には,日本心臓血圧研究所の偉大な先人たちから受け継いだ素晴らしい血統を感じる。
当然だが,優れた先人に薫陶を受ければ誰もが大成するわけではない。彼の凄さは,偉大な先人たちから受け継いだ素晴らしい血統を糧に,実臨床で経験した課題を,圧倒的な解剖学的素養を背景にじっくりと理論構築して新術式,手術戦略にまとめ上げ,さらにその手術を類いまれな集中力,外科医力でアートにまで仕上げてきたことである。常人では想像できない膨大な時間と努力を費やしたことは想像に難くない。この本にはそのすべてを隠すことなく盛り込んでくれている。特に,山岸先生自身が開発された術式においては,流体力学的に優れた三次元形態を作り上げるための手術戦略が“どの点とどの点をどのように縫い,どのような線,面にしていくのか”が詳述されており,山岸先生が本気で次世代を担うプロフェッショナルのために書き上げてくれたことがわかる。
この本を手に取る後進諸君に敢えて一言。
「山岸正明先生のアートと言えるまでの手術を再現するのは容易ではない。しかし,この掛け替えのない贈り物をくれた山岸正明先生の意思に感謝し,この本を熟読して努力を重ね,先天性心疾患を持つ子どもたちに貢献できる質の高い手術を引き継いでくれ。君たちならきっとできる。」
最後に,
「山岸正明先生,感動と感謝を覚える手術書を世に送り出してくれて本当に有難う。」
令和6年1月
静岡県立こども病院 院長兼心臓血管外科
坂本喜三郎
------------------------------
はじめに
学生時代の解剖学実習で心臓を目の当たりにした時,その形態の複雑さに加えて,自然が創り出した完璧なまでの造形美に圧倒された。これが「心臓血管外科」に進む選択をした動機の一つとなった。1983年(昭和58年)に京都府立医科大学を卒業後,心臓外科医を目指すために母校を離れて,世界の心臓外科分野をリードしていた東京女子医科大学日本心臓血圧研究所外科(心研外科,榊原 仟先生設立)に入局した。心研外科には高いモチベーションを持つ猛者が日本全国から集結していた。
当時の心研外科は「弁膜症・虚血班」(小柳 仁教授,遠藤真弘教授),「大血管班」(橋本明政教授),「小児班」(今井康晴教授)で構成されており,新入局者は3カ月単位で各班をローテートするシステムとなっていた。私はまず弁膜症・虚血性班,次いで大血管班に配属された。小柳 仁先生の縫合糸結紮手技,大血管班での橋本明政先生の縫合手技(特に逆手での運針)は今でも私の基礎となっている。
学生時代には当時脚光を浴びていた心臓移植や人工心臓にも興味を持っていたが,心研外科入局後に,成人心臓外科とICUを共有していた小児心臓外科に強い憧憬の念を抱いた。
先天性心疾患はバリエーションが非常に多く,1980年代は動脈スイッチ手術でさえ成績が不安定な時代であった。現在においても小児心臓外科は心臓外科のなかでも難度が高い領域であると言える。しかし,何よりも外科手術の良し悪しが予後を左右し,外科医の力量次第で難症例でも救命できるのが小児心臓外科である。そこにやり甲斐を感じるとともに,子どもたちの未来を創るという使命に惹かれて,小児心臓外科医を目指す意志は強固なものとなった。大血管班ローテーションを終えた後に念願の小児班に配属され,まさしくここが自分の居場所であると認識した。それ以降,関連病院への出向期間を除き,一貫して小児心臓外科に携わることとなった。
心研外科小児班では毎日朝から夜まで手術(多い時は一日数例),手術が終われば一晩中ICUで術後管理という過酷な毎日であったが,時間を見つけては心研研究部標本室に行き,先天性心疾患の心臓標本を閲覧することに努めた。貴重な心臓標本で形態を学んだ経験が,実際の手術のみならず新たな術式の発想などに大いに役立った。
心標本は標本室外に持ち出すことはできないため,その形態を目に焼き付けて,紙粘土で心室中隔欠損や大動脈騎乗を再現したファロー四徴の模型を手作りした。
欠損孔周囲や弁輪,血管壁には縫合針を通すことのできる粘着ゴムを貼り付けて,心室中隔欠損孔閉鎖の運針や弁置換糸の縫合練習などを行った。
また,裁縫で使用する細いシルク糸を使って,四六時中(ICU術後管理中も)結紮の練習も行った。この地道な練習がその後の技術的ベースとなったと思う。
心研外科で指導を仰いでいた黒澤博身先生の東京慈恵会医科大学心臓外科教授就任に伴い,心研外科から東京慈恵会医科大学に異動した。約2年の慈恵医大本院勤務を経て,埼玉県立小児医療センター心臓血管外科(中村 譲部長)に出向する機会に恵まれた。海外留学よりも埼玉に行くことを選択したが,この埼玉県立小児医療センターでの経験なくして,現在の小児心臓外科医としての自分は存在していないと断言できる。
埼玉県立小児医療センターでは,軽症や中等症の疾患のみならず,完全大血管転位や左心低形成症候群などの最重症例の執刀も経験させていただいた。臨床経験だけでなく中村 譲部長から患児を診る医師としての姿勢を学べたことは貴重な財産となった。多くの臨床経験が蓄積できてきた時期と時を同じくして,母校である京都府立医科大学の第二外科 岡 隆宏教授から術者としての帰学の誘いを受けた。埼玉県立小児医療センターで骨を埋める決意であったが,恩師である黒澤博身教授の後押しもあり,1997年(平成9年)に京都府立医科大学附属小児疾患研究施設外科第二部門(当時)での執刀責任者としての挑戦が始まった。私が39歳の時である。
執刀責任者として手術に臨むにあたり,安定した手術成績を挙げることは勿論のこと,より良い予後のために,既存の治療法にとらわれないで,さまざまな工夫や新たな術式の開発を行うことを心がけた。それから約四半世紀,京都府立医科大学などでの臨床,手術経験を中心に記したのが本書である。
小児心臓外科医にとって,形態と血行動態の理解は最低限の条件である。そして患児をよく診て,個々の患児にとって最適な内科的,外科的治療戦略を策定することが重要である。その上で,術後何十年もの長期間にわたって最良の血行動態を維持できるように,成長の要素も勘案しつつ,流体力学的にも理にかなった心臓の三次元再構築を行わねばならない。
これらを達成するためには,外科的な技術的裏付けは必須条件となる。理想的手術を完遂するだけでなく,手術侵襲を抑えるためにも若手医師には技術的修練を積み重ねてほしい。
立体画像シミュレーション,ロボット手術,人工知能(AI)技術の活用などで,近未来に外科治療は大きく変革していくであろう。しかし,小児心臓外科分野において,外科医の再構築能力と安全に手術を完遂するための基本技術の重要性は変わらないと思う。
以上の点を踏まえて,本書は通常の教科書の形式とは異なり一般的事項の解説は最低限に留めて,私自身の考え方(治療戦略)や基本テクニック,手術の工夫,手術ビデオを中心に構成した。手術ビデオはエッセンスのみを紹介するのではなく,手技をしっかりと見られるように長めの編集を行った。場面ごとの解説も行っている。
本書は外科手技が中心となっているが,単なる手術書ではなくイラストレーションやCT画像を利用した形態学的解説も盛り込んだ。最良の治療戦略を目指すためにも心臓外科医のみならず,小児科医,内科医の方々にも手に取っていただくことを期待する。
本文,イラストレーション,CT画像編集,手術映像編集のすべてを一人で行ったため,予定していた以上の時間を要したが,何とか発刊にたどり着くことができた。外科医自らが描いたイラストレーションであるため稚拙な部分もあるかと思うが,手術のコツがわかるように,細部にわたり正確さを期したつもりである。厳選した疾患,手術術式のみの掲載となったが,掲載できなかった疾患や手術術式は別の機会に紹介できればと考えている。
本書が実際の手術のみならず,治療法の改良や新しい術式の開発の一助となり,ひとりでも多くの心臓病の子どもたちの未来が開かれることを願う。
謝辞--------------------
東京女子医科大学心研外科ならびに東京慈恵会医科大学心臓外科でご指導をいただいた黒澤博身先生に感謝申し上げます。
埼玉県立小児医療センターで執刀機会を与えていただき,さらに患児,患者家族に寄り添う医師としての心構えをお教えいただいた心臓血管外科部長の中村 譲先生に感謝申し上げます。
さらに京都に赴任してからご指導,ご高配をいただいた大阪府立母子医療センター 岸本英文先生,福岡市立こども病院 角 秀秋先生,九州大学 安井久喬先生,兵庫県立こども病院 山口眞弘先生,神戸大学 大北 裕先生,名古屋大学 上田裕一先生,国立循環器病センター 八木原俊克先生,大阪市立総合医療センター 西垣恭一先生,岡山大学 佐野俊二先生,名古屋市立大学 三島晃先生,長野県立こども病院 原田順和先生,和歌山県立医科大学 岡村吉隆先生,徳島大学 北川哲也先生,京都府立医科大学 夜久 均先生らの多くの小児心臓外科,成人心臓外科の諸先輩方に感謝申し上げます(順不同,所属名は当時のご所属)。
手術助手や画像準備,流体解析などに協力していただいた京都府立医科大学小児心臓血管外科 小田晋一郎先生,前田吉宣先生,本宮久之先生,藤田周平先生,山下英次郎先生,中辻拡興先生,永瀬 崇先生,中井理絵先生らの医局員の先生,北海道大学 加藤伸康先生,聖隷浜松病院 小出昌秋先生,八島正文先生,埼玉県立小児医療センター 野村耕司先生,名古屋市立大学 板谷慶一先生,近畿大学 浅田 聡先生,JCHO九州病院 落合由恵先生,福井循環器病院 西田公一先生,岡崎新太郎先生に感謝申し上げます。
最後に,困難な編集を行っていただいたメジカルビュー社第二編集部 間宮卓治様に感謝申し上げます。
2023年師走 京都 西陣にて
山岸正明
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目次
1 序章 Introductory chapter 1
1手術トレーニングとシミュレーション
2 部分肺静脈還流異常 Partial Anomalous Pulmonary Venous Return(PAPVR)
1 double decker 手術
3 総肺静脈還流異常 Total Anomalous Pulmonary Venous Return(TAPVR)
1 TAPVR の治療戦略
2 心外型TAPVR
3 心臓型TAPVR(Ⅱa)
4 肺動脈狭窄 Pulmonary Stenosis(PS)
1 Blalock-Taussig shunt
5 心室中隔欠損 Ventricular Septal Defect(VSD)
1 心室中隔欠損
2 膜性部周辺型VSD閉鎖術
6 房室中隔欠損 Atrioventricular Septal Defect(AVSD)
1 房室中隔欠損
2 完全型房室中隔欠損の手術
7 ファロー四徴 Tetralogy of Fallot(TOF)
1 ファロー四徴
8 主要体ー肺動脈側副血行路 Major Aortopulmonary Collateral Arteries(MAPCA)
1 主要体ー肺動脈側副血行路
2 unifocalization +姑息的右室流出路作成術
9 正常大血管型両大血管右室起始 Normal Great Artery type Double Outlet Right Ventricle(DORV)
1 心室内血流転換術(intraventricular rerouting)
10 完全大血管転位,大血管転位型両大血管右室起始 Transposition of the Great Arteries(TGA),TGA type Double Outlet Right Ventricle(DORV)
1 動脈スイッチ手術 (arterial switch operation)
11 左室流出路狭窄を伴う完全大血管転位,両大血管右室起始 Transposition of the Great Arteries (TGA), Double Outlet Right Ventricle (DORV) with Left Ventricular Outflow Obstruction(LVOTO)
1 aortic translocation手術(half-turned truncal switch手術)
12 大動脈弁狭窄,閉鎖不全 Aortic Stenosis(AS),Aortic Regurgitation(AR)
1 Ross手術
2 Konno手術(大動脈弁輪拡大術)
13 Ebstein病 Ebstein’s anomaly
1 Ebstein病
14 左心低形成症候群 Hypoplastic Left Heart Syndrome(HLHS)
1 左心低形成症候群:形態と治療戦略
2 両側性肺動脈絞扼術
3 Norwood手術
4 chimney法
1手術トレーニングとシミュレーション
2 部分肺静脈還流異常 Partial Anomalous Pulmonary Venous Return(PAPVR)
1 double decker 手術
3 総肺静脈還流異常 Total Anomalous Pulmonary Venous Return(TAPVR)
1 TAPVR の治療戦略
2 心外型TAPVR
3 心臓型TAPVR(Ⅱa)
4 肺動脈狭窄 Pulmonary Stenosis(PS)
1 Blalock-Taussig shunt
5 心室中隔欠損 Ventricular Septal Defect(VSD)
1 心室中隔欠損
2 膜性部周辺型VSD閉鎖術
6 房室中隔欠損 Atrioventricular Septal Defect(AVSD)
1 房室中隔欠損
2 完全型房室中隔欠損の手術
7 ファロー四徴 Tetralogy of Fallot(TOF)
1 ファロー四徴
8 主要体ー肺動脈側副血行路 Major Aortopulmonary Collateral Arteries(MAPCA)
1 主要体ー肺動脈側副血行路
2 unifocalization +姑息的右室流出路作成術
9 正常大血管型両大血管右室起始 Normal Great Artery type Double Outlet Right Ventricle(DORV)
1 心室内血流転換術(intraventricular rerouting)
10 完全大血管転位,大血管転位型両大血管右室起始 Transposition of the Great Arteries(TGA),TGA type Double Outlet Right Ventricle(DORV)
1 動脈スイッチ手術 (arterial switch operation)
11 左室流出路狭窄を伴う完全大血管転位,両大血管右室起始 Transposition of the Great Arteries (TGA), Double Outlet Right Ventricle (DORV) with Left Ventricular Outflow Obstruction(LVOTO)
1 aortic translocation手術(half-turned truncal switch手術)
12 大動脈弁狭窄,閉鎖不全 Aortic Stenosis(AS),Aortic Regurgitation(AR)
1 Ross手術
2 Konno手術(大動脈弁輪拡大術)
13 Ebstein病 Ebstein’s anomaly
1 Ebstein病
14 左心低形成症候群 Hypoplastic Left Heart Syndrome(HLHS)
1 左心低形成症候群:形態と治療戦略
2 両側性肺動脈絞扼術
3 Norwood手術
4 chimney法
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